Wakiya 脇屋友詞 伝統と創作

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満漢全席と熊の手

ジビエと言ってもいろいろあるが、中国料理で猟銃の誉れ、キングと言えば「熊」である。熊をマタギの人に撃ってもらうと、まず熊の胆(胆嚢)は、撃った人の権利として当人が手にし、肉は欲しい人で分けるそうだ。

14、5年前に〝小満漢全席〟(満民族と漢民族の伝統料理を集めた宴席)なるものを開催したときに「熊の手の煮込み」をお出しした。40本の熊の手の仕込みはスタッフ総出である。ボイルしては毛抜きで毛を抜いていくのだが、抜いても抜いてもたわしのような毛が出てくる。それを丁寧に1本1本抜き、水にさらし、また抜く。これをゼラチン質を痛めないように10日ほど繰り返す。そして今度は、丸鶏、豚のすね肉、金華ハム、干し貝柱などで作った上質なスープでコトコト煮ていくのである。スープのうま味が熊の手のゼラチン質と相まって、そこから出てくるエキスと言ったら! 強烈な味の濃さ。口に入れると熊の手のゼラチン質が広がり、何とも言えない美味しさである。中国の人は本当に偉大なものを調理するなぁと思う。

満漢全席を開くにあたり、あちこちのマタギの方に熊をお願いしていたところ、ある日、一人のマタギの方から熊2頭分の肉と、大きなビニール袋でぐるぐる巻きにされた物体が届いた。ビニール袋を開けた若いスタッフがワァー、ウォーと悲鳴を上げて調理場の奥に逃げ込んだ。どうしたことかと思って見れば、なんと! 頭付きの皮が2枚入っている。さすがに僕も頭にはびっくりしたが、そのまま葬り去るのは忍びなく、鞣し屋さんにお願いして剥製にしてもらった。今はうちの守り神として飾ってあるのだが、見た人は皆驚く。

2頭の熊は肉も素晴らしかったが、もうひとつの驚きは、なんと本来撃った人の手に渡るはずの熊の胆が入っていたことだ。マタギの方に聞いたやり方で、板と板に挟んで陰干しすると、最初はヨーヨーの袋のようなものだったのが、乾燥することで段々と固まってくる。固まってきたものを穴の開いた板で挟んでさらに干すと、ぺったんこのカチカチに仕上がる。これを「熊胆」と言い、消化器全般に効く生薬のひとつとして用いられる。中国では古来から、日本でも飛鳥時代から大変珍重されていたそうだ。

そんな貴重な熊胆がWakiyaには、15年経った今でも使わずに、2つもある。もしかすると薬として飲むことができるのか、はたまたただの飾りになってしまうのか!? マタギの方が言うには「最高級品として取引できる」そうで、乾物倉庫の奥の奥に保存している。あの獰猛な熊だが、滋養強壮作用や鎮静作用もあると言われる。「いつかこの熊の胆をしかるべき方に鑑定していただき、僕が元気なうちに煎じてみたいな」と、最近思うようになった。

今となっては懐かしい驚きの熊物語である。

「味の手帖」(2021年5月号掲載)
イラスト=藤枝リュウジ

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