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上海武者修行 列車と鎮江酢

今から35年くらい前になるかと思う。上海に武者修行に行ったときのことである。

上海から無錫方面に向かう列車に乗った。その列車といったら蒸気機関車みたいな感じで、煙をボーボー吐き、ガタンゴトン、ガタンゴトン走っていく。客席は硬い木の椅子、窓枠も木というレトロな列車である。子どもの頃、夏になると札幌から函館へ蒸気機関車に乗ってお墓参りに行ったが、まさにそれを思い出させる様子である。

上海から無錫、無錫から南京へと向かう列車には食堂車があり、仲間とどんなものかと行ってみた。すると、白シャツにエプロン姿(コック服ではない)の男性2人が、汗をかきかき食事を作っていた。アルミバケツから炊いてあるごはんをよそって弁当箱のような容器に盛り、そこに肉と野菜を炒めておいたようなものを温めてバッとのせる。確かそのおかずは2種類くらいあったように思う。その作っている光景が最高で、バババーッと素早く盛りつけ、その残りは、ガタンゴトン走っている列車の窓からシャーッと捨てるのである! まるで「森の小鳥たちよ~♪ 大地の獣たちよ~~♪」と歌うように。最初は何をしているのかわからず、思わずえー!!となる。仲間を見ると同じくシャーッと捨てる姿を凝視している。そして目と目があった瞬間に思わず大爆笑した。中国人はすごい、大地に肥料を与えるのだ、という考えである。

その列車で弁当を食べ、無錫に着くと、今度は売り子が「無錫排骨」を売りに来る。子どもの頃、汽車が駅に停まると、おじさんが弁当やお茶を入れた箱を首から下げて「べんと~、べんと」と売りに来た、あれと全く同じような光景である。

その豚の骨付きバラ肉を甘辛く煮た無錫排骨を買い求めた。真っ黒になっている肉に鼻を近づけるとツンとした香ばしさが鼻を突く。両手で持ちガブリとかじると酸味の中から甘味がにじみ出た。その美味しさといったらたまらない。思わずつかんだ右手の指をなめ、左手をなめ、またかじりつく。むしゃむしゃと食べる。

使われているお酢は、鎮江酢という。鎮江酢は、江蘇省鎮江市の名産である黒酢の一種で、もち米を発酵させて酒を造り、ふすま(小麦の糠)と合わせ、酢酸菌を用いて長期熟成させる。酢の刺激が少ないといわれるが、僕にとっては最初はすごく刺激があり、びっくりした。しかし、慣れてくると何とも言えない独特の風味がくせになる不思議な調味料だ。濃厚な風味は野菜や肉を炒める料理にはとても相性が良い。鎮江酢を使った無錫排骨は無錫料理の代表ともいえるほど有名で、今は現地のスーパーマーケットでも赤い帯がついた真空パックで売られている。

上海から無錫、無錫から南京への旅は35年経っても忘れられない。子ども時代の記憶がよみがえる懐かしい旅の風景と、あの窓から料理をシャーッと捨てる料理人たちの姿は、目をつぶると今でもはっきり浮かんでくる。何とも酸っぱい思い出話である。

「味の手帖」(2021年6月号掲載)
イラスト=藤枝リュウジ

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